
国際誌に研究論文が掲載されると、自分の研究結果が広く周知され、当該分野の世界中の研究者に引用してもらう機会が増えます。研究者としての自身の信頼を確立するために達成すべき重要な任務です。
ここで、日本の研究者にとって大きな壁となっているのが論文の英語翻訳です。国際誌に採用されるためにはこの壁を突破する必要があります。
今回は、難しいといわていれる学術論文の英語翻訳の注意点を解説します。
なぜ、学術論文の国際誌掲載は難しいのか?

学術出版業界において論文が不採択とされることは日常の出来事であり、その分野なら誰もが知っているような研究者でも不採択を経験しているのが現実です。
学術論文が国際誌に掲載される難易度は高く、不採択となる確率は一流国際ジャーナルでは約90%、平均的なジャーナルでも約50%であるといわれています。
投稿するジャーナルのレベルを下げれば論文掲載の可能性が高まると考える研究者も多いのですが、このような傾向から投稿数が増加し、不採択率が上がることもあります。
不採択になるおもな理由は次のとおりです。
1.英語のミスが多く、文章として読みにくい
2.研究の新規性、重要性、有益性、オリジナリティに欠けている
3.研究テーマがジャーナルの目的と対象領域からはずれている
4.研究の計画性に問題がある
5.剽窃規定に反する
ジャーナルに投稿された論文はまず編集者が読んで次の段階である査読に進めるかどうかを判断します。上述の不採択となる理由などに該当する場合は編集者の判断で不採択とされ査読には至りません。
学術論文として重要なのはもちろん研究内容ですが、理由1に該当する「英語のミスが多くて読みにくい文章」の場合、査読に進むことなく編集者の段階で「門前払い」になっている可能性があります。
国際誌に掲載されるレベルの学術論文に仕上げるためには、英語として正確にわかりやすく書かれていることが重要な条件の1つになります。しかし、日本の研究者にとって母国語ではない英語で自身の研究内容を読み手にわかりやすい文章で表現するのは容易ではありません。この英語翻訳の質が不採択の大きな要因となっています。
【参考記事】⇒ 英語論文の書き方・翻訳のコツ、どこに気をつければ良い?
学術論文を英語翻訳する際の注意点6つ

ジャーナル採択率を上げるには第一に読んでもらえる英語論文でなければなりません。
どうすれば正確でわかりやすい英語で論文が書けるようになるのか注意点を6つご紹介します。
1. 英語論文をたくさん読む
自力で書き起こせる文章は楽に読めるレベルの文章です。読めない文章は書けません。
一流ジャーナルの優良な英語論文を大量に読み込んで、文章をサンプルとして頭に叩き込んでいくと英語の論文を書くための文章力、語彙力が鍛えられます。
英語論文のミスの1つとして挙げられるのが専門用語の選び違いなどの基本的なミスですが、大量に英語論文を読むことでその場面に適切な専門用語が自然に思い浮かぶようになります。
2. 論理的に書く
日本語では先に理由や事実を述べてから最後に結論に導く書き方をしますが、英語では先に結論を述べてから理由や事実を説明します。論文の英語翻訳の際には、この英語と日本語の文章の組み立て方の違いを理解してから英文を書くと、英語としてわかりやすい文章になります。
日本語を英語に訳す前に英語の構成に並べ替えてみましょう。
(例文)
日本語:Aの粘性はBよりも高かったため、接着剤としてはBよりもAが優れている。
英語の構成に並べ替える:
AはBよりも優れた接着剤である。なぜなら、Aは粘性がBよりも高いからだ。
英語:A was better as an adhesive than B because the viscosity of A was higher than B.
文頭で「Aがより優れている」という結論を示し、理由として「AはBよりも粘性が高い」という誰もが納得できそうな根拠が説明されています。理由や原因をあらわす接続詞「なぜなら」で、前後の文章のつながりがはっきりしており、主張に一貫性があります。
このように、論理的に書かれた文章は以下の要件を満たしています。
- 「根拠」が先にあらわされている
- 客観的で説得力のある理由が述べられている
- 接続詞が適切に配置されている
- 首尾一貫している
- 英語に翻訳しやすい
【参考記事】⇒ 英和翻訳で自然な訳文に仕上げるための7つのポイント
3. 賛否をはっきりと明記する
日本語では遠まわしな表現で書き始めて最終的に自分の論点を導くような書き方をしますが、英語では自分の意見が肯定的であるのか、否定的であるのかを第一に明記してから議論を展開します。
日本的なやり方に慣れている人にとってはいきなり「反対意見」を示すことに抵抗があるかもしれませんが、論文の英語翻訳の場合は「YESなのかNOなのか」「PositiveなのかNegativeなのか」は先にはっきりと明記するようにしましょう。
4. 能動態と受動態を効果的に使う
学術論文では客観的で穏便な表現とするため受動態が多く使われてきましたが、「学術論文は読者がわかりやすいようにするべき」という考えが広まり、近年は能動態の使用を推奨するジャーナルや編集者が増加しています。
受動態の文章は冗長でわかりにくくなる場合が多く、長文になるほどその傾向はあきらかになります。能動態を使った文章のほうが、簡潔で読みやすくなります。
ただし、能動態よりも受動態のほうが適している場合もあります。
論文の英語翻訳の際には次に紹介するそれぞれの特徴を使い分けると効果的です。
能動態を使う理由1:読みやすい
能動態を使う最大の利点は直接的で簡潔であることです。
例文で読みやすさを比べてみましょう。
(例文)
受動態:The fuel pump is adopted to regulate the flow of gasoline.
(ガソリンの流量を調整するため、燃料ポンプが適用されている。)
能動態:The fuel pump regulates gasoline flow.
(燃料ポンプがガソリンの流量を調整する。)
能動態のほうが「何が何をしているのか」を直接的に表現しているのでわかりやすくなります。
能動態を使う理由2:責任を明示する
能動態では「誰が」についての責任をはっきりとあらわすことができます。
例文で責任の所在の明確さを比べてみましょう。
(例文)
受動態:It was reported by an analyst that the new product is defective.
(新製品に欠陥があると分析者から報告された。)
能動態:An analyst reported that the new product is defective.
(分析者が新製品に欠陥があると報告した。)
能動態のほうが「誰が」責任者として判断を下したのかがはっきりしています。
能動態を使う理由3:ジャーナルが能動態を推奨している
多くのジャーナルでは、読者にわかりやすくするためにははっきりと直接的に表現できる能動態のほうが適していると考えており、論文の投稿規定で能動態を使用するように指示しています。
例を挙げるとNature誌の投稿規定(How to write your paper)では次のように記載されています。
Nature journals prefer authors to write in the active voice (“we performed the experiment…”) as experience has shown that readers find concepts and results to be conveyed more clearly if written directly.
このように、Nature誌ではこれまでの経緯から直接的に表現されているほうが論文の概念や結果をよりはっきりと読み手に伝えられるとし、著者には能動態( we performed the experiment…/私たちは…の実験を行なった)使って書くことを推奨しています。
受動態を使う理由1:受け手に焦点を当てる
受動態では結果や動作の影響を受ける「受け手」が強調されます。
例文でどちらが強調されているかを比べてみましょう。
(例文)
能動態:In 1897, a Geraman chemist proposed the concept of receptors.
(1897年にドイツの化学者が受容体の概念を提案した。)
受動態:The concept of receptors was first proposed in 1897 by a german chemist.
(受容体の概念は1897年にドイツの化学者によって提案された。)
上記例文の主題である「受容体の概念」は、受動態の文のほうが強調されています。
「何が」の受け手を強調する場合は受動態のほうが適しています。
受動態を使う理由2:行為に焦点を当てる
受動態では動作や操作などの「何を」が強調されます。
例文でどちらが強調されているかを比べてみましょう。
(例文)
受動態:The material was first heated to 150°C for approximately 10 minutes and then allowed to cool to 0℃.(材料は150℃で約10分間加熱され、その後0℃まで冷却された。)
能動態:We first heated the material to 150°C for approximately 10 minutes and then we allowed it to cool to 0℃.(我々は材料を150℃で約10分間加熱し、その後0℃常温まで冷却した。)
受動態では非人称の形で「何を」したのかに焦点が当てられています。実験手順などで過程が重要な文章においては受動態のほうが適しています。
5. 時制の使い分けに注意する
日本語の時制はあいまいですが、英語の場合は時制がはっきりしています。英語翻訳の際には使い分けに注意しましょう。論文でよく使われる時制は下記のとおりです。
現在形 | ・普遍的な一般事実 ・研究の背景と目的 ・先行研究の結果 ・図表で説明する場合(例:Fig.1 shows XXX…) |
過去形 | ・先行研究の説明 ・材料および実験方法(完了している場合) ・執筆時に完了している実験 |
未来系 | ・今後の課題 |
現在完了形 | ・最近の先行研究を引用する場合 |
過去完了形 | ・初期段階の実験手順 |
※必要に応じて複数の時制を組み合わせる場合もあります。
6. 一文を短く、簡潔に書く
日本人研究者のなかには「短い文章=稚拙な文章」というイメージをもつ方が多く、より長く複雑な文章のほうが格調が高いとする誤解があるようです。実際には優れた論文は簡潔明瞭に書かれています。
論文の文章が長くなってしまうおもな要因は以下のとおりです。
- 過剰な説明…本筋とは無関係な情報をいくつも盛り込んでしまう
- 説明の重複…つまり、すなわち、言い換えると、逆に言うと…などで同じことを二重に説明する
- 敬語的な表現…アドバイスを受けた目上の研究者などに対する過剰な敬語表現
- 婉曲表現…直接的な表現をさけることで主旨が不明瞭になってしまう
- 冗長な文章…先行研究の批判などの表現に気を遣いすぎて冗長になってしまう
内容がたくさん盛り込まれているのが良い論文というわけではありません。論理的な流れにそって読み進められることが優先されます。長文に見せるために不要な情報を大量に加えると不採択とされる確率が上がってしまうかもしれません。
論文の英語翻訳の際には、基本的に英文1文は2行程度までとし、3行以上は長すぎると決めておいたほうがいいでしょう。日本語の原文を書く段階から「ぶつ切りで短すぎるかな?」と思う程度に簡潔にまとめておくと英訳しやすくなります。
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